大津絵

大津絵とは

どの民族にあっても、王や貴族、富豪などの庇護を受けた著名な画家達による 絵画の他に、民衆の中で生まれ育まれた無名の画工達による一般大衆の信仰や 娯楽などの絵画があります。
大津絵は、江戸時代の初期、寛永年間(1624〜1644)、 初期浮世絵とちょうど同じ頃、東海道の大津のはずれ、追分宿で 神仏をテーマとした絵を仏絵師達が、粗末な紙に絵を描き、 街道を行き来する旅人に土産物として売ったのが始まりです。 無名の画工により、量産された安い値の絵、大津絵は浮世絵とならんで 日本の民衆的絵画を代表するものです。 その後、元禄年間(1688〜1704)頃からは、 宗教的なテーマのものだけでなく、遊女や、踊る娘などの風俗画に移って いきました。

工芸的な絵

大津絵の民画としての特質の一つとして風刺的なテーマのものがあり、 当時の世の有様や、政治、宗教などの権威に対する民衆の皮肉や笑いが 巧みに描かれています。 たくさんの絵を早いピッチで描くとその過程で絵は簡略化され、 工芸的な絵となります。 自在な筆使い、色差しは生き生きとした描写を生み、絵に命を 与えています。

大津絵と浮世絵

江戸時代は、世俗画がたいへん栄え、普通「浮世絵」と 呼ばれるものが勃興しました。 画題は多く民衆的なものですが、浮世絵は早くから画家銘を持つので、 一般の無名の民画とは性質を異にします。 しかも、すでにあまりにも有名でありますので、日本民藝館では多くを 集めていません。
一方大津絵は浮世絵ほど名を広く高めていませんが、 肉筆であり、略画であり、きわめて筆致の自由な点で、 生粋の民画と言うことができます。
日本民藝館はいち早く大津絵の美的価値を感じて蒐集につとめたため、 今では初期大津絵の最良の蒐集と思われます。
絵画展示室 民藝品の特性:2複数性、3労働性 入口に戻る
Copyright日本民藝館